ご両親から受け継いだ、築40年のT邸。現在はTさんご夫婦と3人のお子さんとで住まわれている。思春期の子どもたち(男の子2人、女の子1人)が一つの部屋で過ごすのに限界を感じはじめたのをきっかけに、建替えを検討。だが、ご両親にとっては、たとえ今は住んでいなくても、愛着のある我が家であることに変わりなく、取り壊されことに寂しさを感じられていたようだ。その気持を察せられたTさん。既存の住まいを残しながらどこまで要望を叶えられるか、少し不安を感じつつもリノベーションを選択されることになった。
築40年が経過したT邸。Tさんが生まれた年に、ご両親が建てられた家だそう。いわゆるTさんのご実家だが、Tさんが結婚されたタイミングでご両親は近くの本家に移り、それ以後Tさん家族が住まれていたそうだ。3人のお子さんにも恵まれ、賑やかな住まいとなったT邸だが、子どもの成長とともに住みづらさも感じ始め、建替えを検討。そのことをご両親に相談してみたそうだ。
「あまり良い感触では無かったですね」とTさん。今は住むことがなくなった家であっても、ご両親にとっては自分たちが初めて建てた家であり、Tさんの誕生とともに子育てをしながら過ごした愛着のある我が家には変わりない。また、屋根瓦の葺き方などもこの地方であまり見られないような形状をしていて、きっとこだわりを持って建てられたに違いない。「こんな風な外観の家にした理由は、特に聞いたことはないですがね」と苦笑いのTさんだったが、ご両親の気持ちはTさんもよく分かったため、新築ではなく、リノベーションを検討することになる。
「上が高校生の男の子で、真ん中が中学生の女の子、一番下が小学生の男の子。ずっと和室を子ども部屋として使っていましたが、さすがに思春期の子どもたちが一つの部屋で暮らすのも限界になりましてね」。リノベーションの目的を聞くとそんな答えが返ってきた。小さな修繕はこれまでも繰り返していたそうだが、それぞれの部屋をつくることがいよいよ切実な問題となっていたという。
また、お風呂の前に脱衣場が無く、廊下が脱衣場代わりになっているのも子どもたちに不評だったそう。そうなると大がかりな工事になることは間違いなく、要望を全部叶えるには新築しかないだろうと考えていたという。元の住まいを残したリノベーションで果たしてどこまでできるのか、Tさんは最後まで確信は持てないままだったようだ。
「八重製材所の波多野さんとは商工会で知り合った中だったので、当初からお願いすることに決めていました」とTさん。もちろん、八重製材所のハイセンスなデザインも依頼の決め手だったそうで、リノベーションの細かな打合せを任された奥様の感性にも「ドンピシャ」だったそう。「波多野さんのご自宅のようなアメリカンな雰囲気もいいですが、今回はシンプルでスマートな感じにお願いしました」と奥様。
実は、担当された大工さんも小学校からの同級生だったそうで、「言いたいことは何でも言えました」と面白そうに笑うTさん。現場でいろいろと相談しながら、細かな点までこだわりながら工事を進めることもできたそうだ。Tさんのようによく知った間柄だからこそのお話かと思ったが、八重製材所に聞くと、現場でのやり取りで工事内容を変更することはよくあるそうだ。また、新築だと役所に申請した内容を変更するのは難しいが、リノベーションは比較的柔軟な対応ができるという。そのあたりもリノベーションのメリットのようだが、アドリブに強い八重製材所の対応力があってこそとも言えそうだ。
また、家だけでなく家具のリノベーションもされたそう。以前から使っていたというダイニングテーブルが、あまりにリノベーションした住まいにマッチしているので聞いたところ、工事に入っていた塗装屋さんと直接交渉して塗ってもらったそうだ。元々捨てる予定だったというテーブル、随分段取りのいい話だと思ったが、「実は、無理言って住みながら工事をしてもらったんです」とTさん。家一軒まるごとのフルリノベーションだったこともあり、流石にこれには波多野さんも苦笑いだったそうだ。
今回のリノベーションでは増築などはなく、キッチンやダイニング、リビングの配置なども基本的には以前と同じ。それでも、「昔のイメージが全然無いですね」と奥様。特に驚くのが、キッチンの広さ。使わなかった勝手口やデッドスペースを無くしていったら、シンプルでとても使いやすいキッチンに生まれ変わった。「息子のサッカー部の友達が遊びに来て、ドリブルしてましたよ」と可笑しそうに笑われていたが、ボール遊びをしたくなる気持ちもよく分かる。そんなゆとりのキッチンは、「とても使いやすいです。業務用キッチンならではのシンプルさもいいですね。気兼ねなく使えるので正解でした」と喜ばれていた。
「波多野さんのセンスを信頼しているので、ほぼおまかせだったですよ」。そうTさんが語るように、キッチンをはじめ大部分は提案してもらったそうだが、キッチンサイドのカウンターだけは奥様が要望として出された点だそうだ。「子ども達がクラブ活動に一生懸命に取り組んでいることもあり、なかなか家族全員が同時に食卓を囲むのが難しくなっていたんです」と奥様。そのため、キッチンに立ちながら、食事をする子どもとコミュニケーションをとれるようなカウンターを設けられたそうだ。
「こんなにいい家になるなんて、びっくりです」。いい意味で予想外だったというTさん。それぞれの部屋を持つことができた子どもたちも、友達を気兼ねなく呼べるようになって大喜びだそう。以前は無かった脱衣場も完成し、年頃のお嬢さんも安心して暮らせるに違いない。「それぞれの時間も持てるようになりましたし、心のゆとりもできましたね」と、リノベーションによって生活のリズムや暮らし方などにも変化が起きたことを満足そうに語っておられた。
リノベーション後の住まいは、八重製材所らしい大胆なデザインもキマっている。壁の下地材や電気配線をそのまま露出させるなどしたラフな佇まいは、時代を積み重ねてきた家とよくマッチしている。反対に、壁や天井を異なるトーンのグレーで整え、モダンでスマートな印象もあわせ持たせてある。シックで大人なテイストの住まいに変貌したこともとても気に入られたTさんだった。
その一方で、変わらなかった部分も。外観は壁をグレーに塗装し直すことでイメージを一新しながらも、特徴的なオレンジ色の屋根はそのままに。その姿にきっとご両親も安心されたのではないだろうか。Tさん自身も、「子どもの頃から育った家だから、昔の面影ははっきりと見えますよ」と、すっかり変わったように見える室内を眺めながら40年の記憶をたどる。リノベーションは新しくすることに目を向けがちだが、「記憶や思い出を残す」という大きな役割や価値があることをTさんの目が語っていた。
この家で成長する子どもたちの姿に、自分が子どもだった頃の姿が重なり、そしてまた自分と親の姿が重なる。記憶が残る家が纏うあたたかなノスタルジーは、きっと家族の絆をいっそう強くしてくれるに違いない。